【最終日】青春18きっぷで一人旅、中国地方一周編(山口県〜広島県〜帰宅)

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【最終日】青春18きっぷで一人旅、中国地方一周編
(山口県〜広島県〜帰宅)

緊急事態発生

5日目。僕は窮地に立たされていた。

サイクロン, カタリーナ, ハリケーン, 熱帯サイクロン, 雲, 台風, 嵐

まさにこの日、台風が日本に接近中。旅5日目の夜から次の日にかけて、大雨、暴風の予報だった。

もともと広島に行った後1泊して、のんびりお好み焼きでも食べて6日目に帰ろうと思っていた。が、そんなことをしているわけにもいかなくなっていた。この日の内にJRが公共交通機関の運行状況を判断することを発表しており、もし動かないとなればさらにもう一泊、つまり7日目に突入することが決定する状況だった。

新幹線で帰ろうとしていたが、JRの発表を聞いてからでは恐らくチケットは取れない。つまり、

  • 今JRが運行しないと決め打ちして新幹線のチケットを取ってそのまま帰るか、
  • 運行すると踏んでチケットを取らずに観光するかの2択を迫られていた。

するかの2択を迫られていた。

僕はチケットを取った。運行を止めると踏んで、当日に帰ることを選択したのである。

JRの判断

新幹線のチケットは既にほぼほぼ埋まっており、なんとか予約完了。

その後JRは全面運航中止を発表。結果的に正しい選択となった。

したがって観光のタイムリミットは本日の夕方まで。急遽予定を見直し、宮島に行った後、原爆ドームを見て帰ることにした。

宮島観光

新山口駅を出発。ここまではいい天気だった。

新山口駅→宮島口駅へ。

18きっぷの使い方であまり知られていないのが、この「宮島」。

実は宮島までのフェリーも、この18きっぷで乗船することが出来る

宮島は、高校の修学旅行で来たことがあった。厳島神社から臨む大鳥居がすごく印象的で、脳裏に焼き付いていた。

大鳥居、なんと工事中。逆に今しか見る事が出来ないって事でラッキーだったかも。修学旅行当時から10年弱経ったのかと思うと、少し悲しいというか、虚しい気分になった。

鹿さん

原爆ドーム

宮島口駅を出発し、広島駅に向かう。その後路面電車に乗って原爆ドームへ。路面電車の運賃の表示がすごく難しく、無事に降りられるかドキドキしていた。

電車の降り場から少し歩いた瞬間、見覚えのある建物が目の前に突如として現れた。

ここも修学旅行で来たことがあった。一度見たら忘れられないその衝撃的な建物は、当時高校生であった自分でも、言葉にできない空しい感情を覚える光景であった。

ふと周りに目を向けると、外国の方が多いなという印象を受けた。少しでも多くの人、様々な境遇にある人に、この建物を見てもらって伝えてもらいたいと思った。

平和祈念資料館

原爆ドームから歩いて5分ほどの所にある、平和記念資料館。ここも来た事がある。戦争の歴史を後世に伝えるための資料、展示があったのは覚えているが、何故か記憶から薄れていた。

だが中に入ってその理由が分かった。多分内容があまりに衝撃的すぎて、目を背けようとしていたんだと思う。当時とは中の展示なんかも恐らく少し変わっており、記憶にないものもあったが、実際に目の当たりにすると昔の記憶が蘇ってきた。

忘れてはいけない、当時の記録。その1つ1つが実際に起こった事なんだということを、噛み締めながら回った。

展示を眺めながら、戦争を経験していない自分に何か出来ることは無いかなと考えていた。

自分がするべき事はきっと、正しい事実を知る事、それをしっかりと伝えていく事だと思う。

月並みな表現だが、今後二度と同じ事が繰り返されないことを願っている。

いざ、帰路へ。

広島駅に戻り、あとは帰るだけとなった。

新幹線まで時間があったので、駅中のお好み焼き屋さんが立ち並ぶ所で、お好み焼きを食べた。麺が入っている広島風。あとは適当に喫茶店に入り、時間を潰す。

ここで旅の思い出を振り返っていた。なんだかんだあったけど、結構有名な観光地を点々と回れたので良かったかなと思う。

これまでの旅では結構マイナーな場所や適当な駅で降りたりしてたけど、中国地方一周を目標にしている以上、電車の路線的に適当な行動をした瞬間詰むのでキツかった。また今度、マイナー観光地を回る中国地方旅にでも出ようかな。

今回もいい気分転換になった。やっぱり僕は、旅が大好きだ。

新幹線の時間。チケットを求める人でごった返す広島駅を背に、家路へと着いた。

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